すさまじきもの 〜歌枕探訪〜


安達太良(あだたら)(福島県二本松市)







安達太良山のページを作成するにあたって、「安達太良山と文学」(猪狩三郎著)を読んだ。


え〜と、安達太良山を詠んだ歌は万葉集で3首収録されている。その後、中世以降ほとんど文芸部門に登場せず深く沈黙を守っていたが、近代に入り、たまたま智恵子の生家が二本松市にあって、たまたま千恵子が病弱で地元に帰って療養して、そして訪れた光太郎に地元を案内したことから、再び安達太良山は脚光を浴びることになった。


  あれが阿多多羅山
  あの光るのが阿武隈川


光太郎と智恵子は二本松の智恵子の実家の裏山の崖に座り、安達太良山と阿武隈川をはるかに眺めながら絶唱した智恵子抄「樹下の二人」の詩の冒頭部分。


これにより安達太良山は日本のふるさとの山になり、また二人の絶対愛から安達太良山は恋人たちの聖地になった。




逆に言うと、もし智恵子抄なかりせば、安達太良山はどうなっていたのだろうか?

活火山なので地質学者の注目を集めているし、日本の難読地名一覧表にも出ているし、交通の便の良さ、適当な高度から週末ハイカーの人気を集めるといった、普通の山として存在していたのだろう。
(万葉集の東歌マニアも注目するが)



今回、二本松に訪問したあとに「安達太良山と文学」を読んだ。
悔やまれるのは、訪問の前に読んでおくべきだったことで、もし先に読んでいたら十分な観光の時間をとって、安達太良山と智恵子抄の世界を堪能していたことだろう。

ただ、当日の天候は良くなくて、安達太良山もはっきりと見えなかった。


こんな感じ


「智恵子の杜公園」から安達太良山を望む。
雲が覆っていて、山の全容はまったく分からない。



国道4号線から。
う〜ん、残念無念。







万葉集の歌を紹介


安達太良の嶺に伏す鹿猪のありつつも我れは至らむ寝処な去りそね 万葉集
 安達太良山の峰に伏す鹿猪よ(娘よ)、そのままいつもと変わらない寝場所に
いて下さい、私はいつものようにお前さんのところに行こうと思っているのですから
(安達太良山と文学/猪狩三郎) 



陸奥の安達太良真弓はじき置きて反らしめきなば弦はかめかも 万葉集
陸奥の安達太良山の弦を外して反らしたままにして置いたならば、後になって
弦をつけようともつけ得ないであろうよ(二人の関係をこのままにしておいたら、
後で一緒になろうにもなれないではないか)
 (安達太良山と文学/猪狩三郎) 



陸奥の 安達太良真弓 弦著けて 引かばか人の 吾を言ひなさむ 万葉集
陸奥の安達太良山に生えている真弓(檀)で作った弓に弦をつけて私が引いたならば
(あの娘と関係を持ったならば)世間の人は私のことをとやかくあれこれと騒ぎ立てるで
あろう。(安達太良山と文学/猪狩三郎) 





う〜ん、なんと、万葉歌の方も若い男女の熱き思いがほとばしるような恋の歌であった。
安達太良山こそ恋人の聖地としてふさわしいと言えよう


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WIKIPEDIAの安達太良山の写真を貼りつけておこう





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