すさまじきもの 〜歌枕探訪〜


蟻通神社(大阪府泉佐野市)






蟻通神社はもともと熊野古道沿いにあったものを、第二次大戦中に飛行場建設のために現在の地に移転された。

このため、以前熊野古道を歩いた時、足を延ばして訪問してみようかどうか迷ったが、遠回りになるので結局断念したことがある。

このたび車で泉南方面の故地巡りに出かけ、念願の訪問を果たした。

この蟻通神社、こんな泉南の片田舎にありながら、なにかと由緒満載で、紀貫之、清少納言らのエピソードもあり、そして能の舞台にもなっている。
知る人ぞ知る、古典ゆかりの地である。




まずは、紀貫之関連
蟻通神社の前を通る時は馬から降りなければならなかったが、紀貫之は馬から降りずに通ってしまったため、蟻通明神の怒りを買って、俄かに一天かき曇り、馬が動かなくなった。これに対し紀貫之が和歌を詠じて蟻通明神をなだめた、という話。


かきくもりあやめもしらぬ大空にありとほしをば思ふべしやは 紀貫之
かきくもり闇の様な大空に 星があるなどと思うはずがあろうか
※「ありとおし」に「有りと星」、「蟻通」を掛けている。




蟻通神社入り口


紀貫之の歌碑




本殿に描かれていた「馬上の紀貫之」の絵。
柵の外から撮影



******



 清少納言関連
枕草子に「社は・・・」で紹介されている。

社は、布留の社。生田の社。旅の御社。花ふちの社。杉の御社は、しるしやあらんとをかし。
言のままの明神、いと頼もし。
「さのみ聞きけん」とやいはれ給はんと思ふぞ、いとほしき。
蟻通の明神、
貫之が馬のわづらひけるに、この明神の病ませ給ふとて、歌よみ奉りけん、いとをかし。(203段)

紀貫之のエピソードは有名だったようだ。
枕草子ではこのあとに蟻通の伝説を紹介している。
(伝説の内容は省略)
そして、この歌


七曲にまがれる玉の緒を貫きて蟻通しとは誰が知らずや


 この歌は蟻通伝説を踏まえて作られている。
(伝説の内容は省略)









続いて能「蟻通」
紀貫之と蟻通明神のやりとりが能の演目になっている。

ワキ「そもや下馬とは心得ず。こゝは馬上のなき所か。
シテ「あら勿体なの御事や。蟻通の明神とて。物とがめし給ふ御神の。かくぞと知りて馬上あらば。よも御命は候ふべき。
ワキ「これは不思議の御事かな。さて御社は。
シテ「此森の中。
ワキ「実にも姿は宮人の。
シテ「ともしの光の影より見れば。
ワキ「実にも官居は。
シテ「蟻通の地 
・・・・・・





写真では分かりづらいが、本殿の手前に
能舞台がある。



紀貫之の由来説明










なにかと由緒ありげな場所でした。





copyright(C)2012 ゆかりの地☆探訪 〜すさまじきもの〜 all rights reserved.