すさまじきもの 〜歌枕探訪〜


船来山(岐阜県本巣市)




「船来山」と書いて「ふなきやま」と読む。

驚くべきことに、岐阜県本巣市という、名も無き(失礼、今まで聞いたこともない)地方都市の一角に、平安時代からの歌枕の地が集積している。

この付近一帯の地名の「筵田(席田)」、この地を流れる「糸貫川」、そして小高い山の「船来山」である。

現在では、これといった特徴のない田舎町の風景であるが、平安時代に遡ったとしても、大したモノはなかったと思う、単調な土地柄だ。

ただ、歌聖といわれた藤原定家が美濃の国司となり、一時期船来山の麓に館を構えていたようで、定家がこの辺の風景に酔いしれたとの伝承が伝わり、一躍、歌枕の地にノミネートされたようだ。


たしかに、WIKIPEDIAの「藤原定家」を見ると、「建仁3年(1203年)1月13日:美濃介を兼任。」とある。実際に赴任したのかどうか分からないが、なにかつながりがあるのだろう。
と言っても、藤原定家が美濃国で詠んだ歌はそれほど残っていない。








■船来山とはこんな山


右の手前の山であるが、背景の山と一体化してしまい、よく分からない。



これは近すぎるかもしれないが、まあ、こんな感じの普通の山である。



麓から富有柿の畑が続いていた。



訪問したのは11月で、ちょうど収穫の時期であった。






この船来山を詠んだ歌


まかちとる 舟木の山の 夕時雨 そむるもみぢも こかれてぞゆく 後鳥羽院


いかなれば舟木の山の紅葉の秋は過ぐれど焦れざるらむ 右大弁通俊(後拾遺和歌集)


五月雨の紅葉を染むるためしあらば舟木の山はいかにこがれむ 一条兼良(藤川の記)
船来山の山頂に歌碑があるらしい



歌をみる限り、紅葉がシンボルアイテムになっているようだ。
現在は富有柿だろう。




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個人的な意見を言うと、藤原定家の名声により中世の一時期、この周辺は歌枕の地となったものの、もともと地味な場所であったため、声望を保ち続けることができず、時間とともに忘れ去られ、現在では知る人ぞ知る、マニア好みの「ゆかりの地」になってしまったようだ。










この手の歌枕は気楽でいいです。





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