すさまじきもの 〜歌枕探訪〜


大仏餅(京都市東山区)






都名所図会「大仏殿」

(国際日本文化研究センター)


情けないことに、最近まで知らなかったのだが、京都に大仏があったという。しかもそれは高さが18メートルで奈良の大仏を凌ぐ大きさであったらしい。豊臣秀吉が作ったもの。

ただし、1596年に地震によって大仏は崩壊。

秀吉は、
「うぬは、京の町を守るを忘れ、まっ先に倒れるとは、慌て者が!」
と大仏に弓を撃ちつけたらしく、これもケッサクな話。

その後、大仏は再建されたが、1798年に落雷で焼失。

そう言えば、東海道中膝栗毛で京都見物に行った弥次喜多コンビが大仏見学していた場面があったのを思い出した。

柱の穴をくぐり抜けようとして、出られなくなったというエピソードがあった。









さて、大仏殿建立の時期から門前で売られていた名物が「大仏餅」。
都名所図会にも店の繁盛ぶりが描かれている。




都名所図会「大仏餅」

 (国際日本文化研究センター)




挿図には狂歌のやり取りが記されている。
大仏餅を贈った際に狂歌を添えたら、また狂歌が返ってきたもの。



「大仏餅を瀧本坊へおくるとて」

白妙の雪のはだへをもちながらかちんといへる色のふかさよ 安楽庵策伝


「返し」

白妙の雪のはだへもこれほどにひとのもちゐておもひつくかは 滝本坊猩々翁



風流な世の中であったようだ。










現在の様子


豊国神社の前に「甘春堂 東店」があった




大仏餅を販売




写真は甘春堂のホームページより拝借




写真は甘春堂のホームページより拝借























【方広寺】・・・京都市東山区大和大路通七条上ル茶屋町527-2

もともと大仏殿は方広寺の境内にあった。

現在の方広寺。
寺なのか、何なのか、よく分からない建物であった。




大坂冬の陣の原因となった鐘らしい。
みんなが見学していたが、よく分からなかったので遠くからこの写真を撮ったのみ。




方広寺の隣接して豊国神社がある。豊臣家を祀っている。




いろいろと文化財に指定されているようだ。




なぜか絵馬はしゃもじ型。


















こんな感じで終わります









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