すさまじきもの 〜歌枕探訪〜


堀江(大阪市西区)

古代、大阪湾は上町台地の北端から砂州が吹田市辺りまで伸びており、砂州の東側(東大阪辺り)に大きな湖(河内湖)ができていた。
これが淀川の氾濫の原因となっており、仁徳天皇は、この砂州を掘削して堀を作り、淀川の水を大阪湾に流し込む工事を行った。
この時できた堀が「堀江」と呼ばれ、現在の中之島辺りで海に注いでいたと言われる。

このため、現在の大阪市西区の「堀江」とは場所が違う。


 堀江には玉敷かましを大王を御船漕がむとかねて知りせば  橘宿禰諸兄(万葉集)
もしも大王が舟遊びをされるとわかっていたら、堀江に玉を敷いていたのですが。


う〜ん、どうもピンとこない歌






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現在の堀江



おしゃれなカフェがあった



週末は賑わうのだろう



堀江公園



堀江公園の中に「堀江川跡碑」があった

周防町通りは昔、堀江川が流れていた





   





 命あらばまた帰りこむ津の国難波堀江の葦のうら葉に 大江嘉言(後拾遺)










日本経済新聞 土曜日夕刊の最終面にある『文学周遊』に堀江の記事が載りました。
堀江公園の写真があります。

記事の内容は普通でした。 









 




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