すさまじきもの 〜歌枕★探訪〜 |
「是社」は「これこそ」と読み、とても由緒ありげである。 FACEBOOKのコミュニティ「丹後の歴史と伝説」に是社神社の由来が詳述されている。 それによると、 ・崇神天皇三九年、与謝郡に元伊勢の内宮外宮を鎮座するに宮司として天津豊根命、天津姫命の二人が差遣された ・途中、ここ天津村で休息していたところ、突然天津姫命が川に入水した ・そしてヘビの姿になって水中から上がってきて次の歌を詠んだ |
立別れ都ははるか遠くとも 是社(これこそ)われが住家なるかな | 天津姫命(天津村由来記) |
・詠み終わって、蛇は消えていったので、そこに塚を築き霊を祀った ・天津豊根命も詠んだ |
丹波路の波江に姫は誘われて 淡と消え行く名残惜しけれ | 豊根命(天津村由来記) |
崇神天皇の時代というと、3世紀とか4世紀のことであるが、この歌はそんな古代の歌とは思えないくらい、実に分りやすい言葉で詠まれている。 ■ 現地訪問 ![]() 社頭 ![]() 社殿 ![]() 本殿 ![]() 本殿を覆う、立派な社殿 ![]() 「これこそ神社」 ![]() 神社の前は176号線、すぐに由良川の堤防がある |