すさまじきもの ~歌枕探訪~


真野の萱原(宮城県石巻市)




奥の細道にも登場

芭蕉らは姉歯の松を通って平泉に行こうとしていたが、道に迷って石巻に来てしまった。
石巻に泊まって次の日に、「袖のわたり」「尾ぶちの牧」「真野の萱原」など歌枕の地を遠くに眺めながら先に進んでいったとのこと。


明れば又しらぬ道まよひ行。袖のわたり尾ぶちの牧まのゝ萱はらなどよそめにみて、 遙なる堤を行
(おくのほそ道)


よそめにみて」とあるので、芭蕉もここには来なかったのだろう。









とりあえず、近くまで行ったので、真野の萱原にも行ってきた。


こんな場所。萱の野原が広がっていた。
ずいぶん昔、この辺りは海辺であって、リアス式の海岸が広がっていたらしい。




現地に長谷寺という古寺があった。
山門の前が「真野萱原伝説地」の史蹟とされている。




山門の前で“萱原”を発見!
昔の萱原の一部を残したのか、それとも史蹟のために植えたのか、どうなのか。




石碑か墓石か分からないが、石が墓標のように並んでいた。
落剝が激しく全く文字が読めない。



こんな真野の萱原を読んだ歌


陸奥の真野の萱原遠けども面影にして見ゆといふものを 笠女郎(万葉集)
冬枯のまののかや原ほに出でし面かげみせておける霜かな 大江忠広(新拾遺和歌集)
露わけむ秋の朝気は遠からで都は幾日まのの葦原 藤原定家
古郷の人の面かげ月にみて露わけあかすまののかやはら 中務卿宗尊親王(新続古今集)







ただし、一般的に「真野の萱原」は福島県南相馬市鹿島区真野の真野川の畔を指して歌枕としている。
多分福島県の方が本物だろう。
私のような素人が断定するのも変な話であるが、江戸時代に仙台藩が藩内の歌枕を整備した際に、あちこちの歌枕をとってきて藩内の歌枕と認定し、そのタイミングで、たまたま奥の細道でやってきた芭蕉と曽良が歌枕の地として旅行記にも記載したので、それが本当のように現在に伝わっている、というのが真相だろう。


まあ、それら歌枕認定をめぐる歴史もまた楽しいものである。











滞在時間は3分程度でした。




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