すさまじきもの 〜歌枕探訪〜


涙ヶ磯(京都府宮津市)






(かづ)き出でぬ涙が磯(あわび)ゆゑ うみてふ海は潜き尽しつ 夫木和歌抄

独り寝る(ねや)(ひま)より入る月や 涙の浦に影浮かぶらむ 夫木和歌抄

逢はざらば潮干の玉もいかがせん 涙の浦に濡るる袂を 夫木和歌抄




「涙ヶ磯」の旧跡は、天橋立、智恩寺の東方すぐ近く、国道沿いにあり、文殊水道に面している。

ここには、源平合戦の末に滅亡した平家の縁者が世を悲嘆して身投げしたという悲しい伝承が伝わる。

ところが、上掲の歌をながめると、「涙が磯」と用いて片思いに涙が止めどなく流れる様子であったり、涙にこと寄せて報われない恋を詠んでいる。

室町時代、「涙ヶ磯」の伝承をもとに世阿弥が「丹後物狂」という謡曲を創作し、涙ヶ磯の身投げシーンは新たに、父親に勘当された主人公が悲観して身を投げた設定へ奪胎されている。

現在では謡曲「丹後物狂」の謡跡となり、案内板の駒札が設置されている。

上記、少し簡単すぎる説明文となったが、「丹後物狂」をよく知らないのであまり力が入らない。








■ 現地訪問




涙ヶ磯の史跡
背後、中世は宮津湾に直接面していたが、近世に小天橋の砂州が伸長し、現在では穏やかな文殊水道に接している



「涙ヶ磯 身投石」の石碑



「丹後物狂」の謡曲駒札



身を投げた場所



史跡は国道と文殊水道の間にある













最初は謡曲「丹後物狂」のストーリーも載せようと思っていましたが、
なんとなく、こんな感じで終わります





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