すさまじきもの 〜歌枕探訪〜


新村(にいむら)(長野県松本市)







名物石挽十割そば「物ぐさ太郎」
 (蕎麦屋)


長野県松本市新村の地は、物ぐさ太郎の生誕地である。

物ぐさ太郎とはその名の通り、ずぼら、ぐーたら、不精、面倒くさがり、とそんな男のこと。

物ぐさ太郎については、「歌語り風土記」という日本の物語を集めたホームページの内容を全面的に参考にさせていただいた。


「歌語り風土記」


物ぐさ太郎「長野県」





信濃国筑摩郡あたらしの郷(現松本市新村)に、働かず寝てばかりの男がいた。村人からは「物くさ太郎」と呼ばれていた。

あるとき村に、都から賦役の命令が来た。村の役に立っていない物くさ太郎が行くことになった。

都での賦役の期間が終わるころ、物くさ太郎は用事で清水寺に出かけた。そこへある貴族の女房が通りがかった。それを見た太郎はその女房にひと目ぼれした。でも女房は汚い物くさ太郎を怖がって、逃げようとしたが、物くさ太郎は女房をはなさない。

から竹を杖につきたるものなれば ふし添ひがたき人を見るかな 女房

物くさ太郎の返事
万代の竹のよごとに添ふふしの などから竹にふしなかるべき 物くさ太郎

身なりのわりに、みごとな歌の返しなので意外に思はれたが、女房はとにかく手を離してもらひたいと詠んだ。

離せかし あみの糸目の繁ければ この手を離せ物語りせむ 女房

この場だけは立ち去りたかったので、女房は住んでる場所をを教えた。

思ふなら訪ひても来ませ わが宿は からたちばなの紫の門 女房

そこで物ぐさ太郎が手を離すと、女房は大急ぎで走って逃げた。

その日の夕、物ぐさ太郎は、歌で教へられた紫の門のある家を捜して忍び込んだ。庭にいる太郎に気づいた女房は、柿など果物を与へれば帰るだろうと山盛りにして差し出すと、物ぐさ太郎は歌を詠んだ。

津の国の浪花の浦のかきなれば うらわたらねどしほはつきけり 物くさ太郎

ちはやぶる神を使ひに(たび)たるは吾を社と思ふかや 君 物くさ太郎

根負けした女房は、歌の才のある男でもあるし、とうとう部屋に入れてしまった。風呂に入れてみると、なかなかの美男子であった。何日か作法も学んで、都へ出仕して、帝の前で歌を披露したりもした。

鴬の濡れたる声の聞こゆるは 梅の花笠もるや春雨 物くさ太郎

その後、物ぐさ太郎は、むかし信濃に流された二位の中将の子であることがわかった。歌の才と学問が認められ、信濃の中将に任命された。かの女房を妻として故郷へ帰り、死後は穂高大明神としてまつられた。妻はあさひ大権現としてまつられ、縁結びの神とされた。 



いやはやハッピーエンドである。











■現地訪問



現在は「物ぐさ太郎伝承地」として整備されている。
(長野県松本市新村389-2)




物ぐさ太郎伝承地の石碑




物ぐさ太郎の銅像




田んぼの一角にある





歌碑があった


いにしえに物草太郎ありし後 ものくさ人の一人もなし 釈迢空


物ぐさ太郎の史跡に歌碑











善光寺道名所図会「物臭太郎」 (早稲田大学図書館)













なんだかよく分からないページになりました






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