すさまじきもの 〜歌枕探訪〜


沖の石(福井県小浜市)






わがそでは 潮干に見えぬ 沖の石の人こそしらね かわく間もなし 二条院讃岐(百人一首)



永源寺(福井県小浜市田烏37-3)に歌碑




「沖の石」と言えば、宮城県多賀城市に伝承地があり、松尾芭蕉が訪れて「奥の細道」に記載したことから、一般的には陸奥国の歌枕として有名である。

私も東北歌枕めぐりの旅で訪問してきた。「末の松山」の史跡のすぐ近くにあった。
「沖の石(陸奥国)」へリンク

ただ、陸奥国の「沖の石」は住宅地の真ん中に池と岩と松が組み合わさったものが史跡として整備されているものの、「沖の石」という、海岸から遠く沖合にある岩礁というものではなかった。

そもそも陸奥国の歌枕は、江戸時代に仙台藩が政策的に各地の歌枕を領内に持ってきて勝手に認定したもの。そこにタイミング良く松尾芭蕉がやってきて奥の細道に書き込んだものだから、芭蕉が裏書きをした形となった。

個人的には、陸奥国の「沖の石」は眉唾物だと思っている。

一方、若狭国の「沖の石」はそれほど有名ではないが、作者の二条院讃岐の父親の源頼政が若狭国に所領を持っていたことや、その関係で二条院讃岐の居館跡が小浜市田烏にあることから、関連性は高いと言える。

しかも若狭国の「沖の石」は、実際に沖合に浮かぶ岩礁であり、岩を洗う波に「乾く間もない」状況である。


今回は、そんな「沖の石」伝承地、福井県小浜市に行ってきた。




【現地訪問】

敦賀から海沿いを小浜へ向かって車を走らせた
国道162号線の須ノ浦トンネル入り口にあった「沖の石」のレリーフ


場所の経緯度は、( 35.552356, 135.828212 )



拡大図、「沖の石」の岩礁が描かれている



須ノ浦トンネルの次の次のトンネルは釣姫トンネル


場所の経緯度は( 35.539980, 135.837045 )



拡大図
こちらは二条院讃岐の百人一首のカルタ




次に訪問したのは、永源寺 (小浜市田烏37−3)


永源寺は二条院讃岐が父親の源頼政を弔うために建立した寺
源氏が永遠に栄えるという意味が込められているとか



境内からは矢代湾の海が見え、二条院讃岐の歌碑があった




次は田烏の集落を見下ろす国道162号線の高台(下の地図の@


インターネットの情報によると、ここから「沖の石」が遠望できると書かれていた



高台から沖合を眺望



なんか岩礁が見える



拡大図、これが「沖の石」!
田烏半島先端の黒崎から約2q沖にある岩礁




その次に向かったのは、犬熊漁港の右手の海岸 (下の地図のA


この場所もインターネットの情報による



拡大図、「沖の石」を展望




いやはや、感動の連続であった















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若狭の沖の石を検索すると、出てくるのは磯釣りの情報ばかりであった。現在ではグレや真鯛が狙える一級の沖磯となっており、多くの釣りファンが磯釣りを楽しんでいるようだ。




(フィッシングショップなかむら)



(よっしぞー釣行日記)


(よっしぞー釣行日記)















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