すさまじきもの 〜歌枕★探訪〜 |
小野の里(京都市左京区)
洛北の大原の古名は「小野」だったらしい。豪族の小野氏との関りがあったようで、また三千院の背後の山は現在も小野山である。 伊勢物語ファンにとって「小野」と言えば、第八十三段、仕えていた惟喬親王が突然出家してしまい、正月の深い雪の中、比叡山の麓の小野の里まで訪ねていく場面。 親王はもの悲しそうな様子だったので、昔のこととかをお話しした。もう少しお側にいたかったが、正月なのでいろいろと宮中行事があり、夕方には京へ帰らなければならなかった。 そこで詠んだ歌がこれ |
忘れては夢かとぞ思ふ思ひきや雪ふみわけて君をみんとは | 在原業平(伊勢物語) |
惟喬親王は文徳天皇の第一皇子であるが、母親が藤原氏の出身でないため皇位を継承できなかった。不遇のまま若くして出家し、比叡山麓の小野の里に隠棲。幼いころから詩歌に長じ、在原業平や遍照らと交流があった。出家前に、紀有常や在原業平らを伴い河内の「渚の院」で催した観桜の歌宴は、伊勢物語の中でも印象深い場面である。 在原業平が雪の中を小野まで訪ねてきた時、「夢かとぞ思ふ思ひきや」と詠んだのに対し、 |
夢かとも何か思はむ浮世をば背かざりけん程ぞ悔しき | 惟喬親王(新古今和歌集) |
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業平は夢かなどと言ってるが、私はどうしても夢だとは思わない。この憂き世を 思い切って厭離しなかった昔の頃がかえって悔やまれるのである (在原業平 雅を求めた貴公子)井上辰雄著 |
ただし、惟喬親王のこの歌は伊勢物語には載っていない。 惟喬親王は小野の里で幽居したまま五十四歳で薨去。通称は小野宮。 京都市左京区大原上野町に惟喬親王の墓がある。 ■ 2019年5月、大原散策の際に訪問した。 ![]() 左が惟喬親王の墓。右は小野御陵神社。 ![]() 階段を上って、さらに階段を上ると惟喬親王御陵がある。 ![]() 五輪の塔 ![]() 季節的に、ヘビが出ないか怖かった。 ![]() 大原の里 |