すさまじきもの 〜歌枕探訪〜


鴫立沢(しぎたつさわ)(神奈川県大磯町)








「東海道名所図会」より


鴫立沢
むかし西行上人東路(あずまじ)行脚(あんぎゃ)の時、このほとりの沢辺を通りたまうに、折から秋の暮の物淋しきに、(しぎ)の立ち去りて、なおも寂寞(じゃくまく)たる風情を感じ詠みたまうを、『新古今』に選ばれ、三夕(さんせき)の名歌のその一首とす。

心なき身にもあはれはしられけり鴫たつ沢の秋の夕暮 西行法師



もともと「鴫立沢」という名所はなかったが、のちの人々は相模国の大磯や小磯の海浜あたりになぞらえていた。
頓阿(とんあ)の「井蛙抄(せいあしょう)」によると、藤原俊成が「千載集(せんざいしゅう)」の編纂(へんさん)をしていた時、西行は東国にいたが、勅撰集が選歌されていると聞き急いで都へ向かった。
途中、登蓮(とうれん)法師にばったりと会ったので、勅撰集のことを聞いたところ、もう既に発表されていて、西行の歌も多く入っていたとのこと。
西行は、鴫立沢の歌は入集されていたか聞いたところ、それはなかったとの回答。
西行は、それなら用はないと再び東国へ戻ったとか。
その後の勅撰の「新古今集」には鴫立沢の歌が選ばれたので本懐を遂げたというべきであろう。



さて、飛鳥井雅章(あすかいがしょう)が勅使として鎌倉に下ってきたとき、この辺りに車駕を停めて鴫立沢の跡を見て回った。



弥生の頃鴫立沢により侍りて
哀れさは秋ならねどもしられけり鴫たつ沢の昔たづねて 飛鳥井雅章



宝永二年の秋、江戸幕府の老中、松平乗邑がこの地を通った

今もなほむかしの秋を思ふぞよ鴫立沢の夕ぐれの空 松平乗邑


鴫立庵に歌碑






え〜と、個人的には西行の鴫立沢の歌は「千載集」に落選して良かったと思う。

それは後に「新古今集」に載録され、同じく『秋の夕暮れ』を結びとした「三夕の歌」の一首として声望を極めることができたため。

幽玄の世界の情感が新古今の歌風に合っていたのだろう。





「三夕の歌」の残り二つ

さびしさはその色としもなかりけり(まき)立つ山の秋の夕暮れ 寂蓮法師

見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋(とまや)の秋の夕暮れ 藤原定家




学校で「三夕の歌」を習った時は、どれもパッとしないなと思っていたが、この年になって読み直すと、どれも仏教的な無常観が美的情趣を励起させる実に見事な詠歌であると思える。








鴫立庵(しぎたつあん)について】

江戸時代初期の頃、崇雪という人物が西行の鴫立沢の歌にちなみ、大磯海岸のうち情趣ある川を選び、その畔に草庵を結んだ。

その後、元禄時代に俳人の大淀三千風が入庵し、鴫立庵と名付けた。

鴫立庵は京都の落柿舎、滋賀の無名庵と並び日本三大俳諧道場と称され、多くの俳人が集い、句会が開かれた。

現在では大磯町により管理されており、入場料は310円。







■ 現地訪問




鴫立庵の入り口にある「旧跡鴫立沢」碑



草庵



法虎堂、曽我物語の虎女関連



芭蕉句碑、何の句か分からなかった



「心なき身にも〜」のレリーフ



円位堂



「西行銀猫碑」
???



俳諧道場



天條とし子歌碑



庭の風景、多くの石造物があった



これも



大淀三千風の墓碑



鴫立庵の標石、これは塩害から守るためのレプリカらしく、本物は別に管理されているとか



当初、崇雪が運んできた「五智如来像」。由緒があるらしい



大磯八景歌碑
いったいどんな歌が詠まれたのかな



これが鴫立沢の現在の姿
国道一号線を暗渠で交差し、鴫立庵の前を流れている



そして海に注いでいる



鴫立沢が海岸に出たところ
この辺りに鴫が立っていたのかな



鴫立沢が注ぐ相模湾



「湘南発祥の地」の石碑があった









東海道名所図会 「鴫立沢、鴫立庵」

早稲田大学図書館






東海道名所図会 「秋暮鴫立庵」

早稲田大学図書館










此地開きし時三千風これを建る麗文にもあらざれども
三千風が芳志を感じてこゝに載する
 銘に曰わく

心なき 身にも哀は しられけり 鴫立澤の 秋の夕
暮とよまれしは とばのゐん ほくめんの武士 のりきよの かしらおろして
つゐの身は 西へ行名の しるしにや 仏道歌道 いみじくて
見ぬ世の旅の 門いでの 命なりけり 佐夜の山 
うつの山べの
うつゝなき 風になびきし ふじのねの けぶりとならん 身のひまを
あくる箱根や こよろぎの いそげと告る 友ちどり ともねの鴫の
沢水の めいぼくなれや 新古今 三の夕べの 名どころを
したふや時の 和歌所 あすかゐ雅章 駕を立て 折しも春の
あわれさは 秋ならねども しられけり 鴫立沢の 証歌ゆへ
我もあんぎゃの 笠松や 月より外は とふ人も 嵐のよする
高すなご かきならしつゝ この沢の あるじを願ふ さちありて
その名高雄の もんがくの なた作りてふ みゑい堂 和歌三神や
虎心堂 猶五智尊を かいきせし 宗雪居士の はか所
吾方をこゝに 夜台しを 謡につくり あるは又 田鳥集に
国々の 詩歌連俳 あつめつゝ 五百年忌の たむけまで
満願せしを 我国の いせのいさはの 友津人 施入をなして
たのもしや 心なき身の 西へ行く 道しるべにと 立てしいしぶみ
大淀三千風
(鴫立碑)
元祿十三暦辰二月望日     東往居士三千風誌之














満足感の高い訪問でした





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