すさまじきもの 〜歌枕探訪〜


新府城跡(山梨県韮崎市)







新府城

武田家最後の武将である武田勝頼は、織田軍に敗れて諏訪から新府城へ退却してきたが、甲斐へ進軍を続ける織田軍に攻められ、自ら城に火を放って落ちていった。

築城わずか68日後のこと。まさに悲運の城である。

城に備蓄していた米も焼け落ち、落城後には土中から焼き米が出たという話が伝わっている。


甲斐叢記(甲斐名所図会)には、新府城落城の愁情を詠んだ歌が収録されているが、焼け米に悲嘆の思いを重ねている。


かれつる昔おもふも悲しきに 残れるよ朽はてねたゝ 倉原宗弘(甲斐叢記)


焼け米をあはれとひらふ手股を もりて落るは涙なりけり 八代駒雄(甲斐叢記)


春の夜の夢おどろかしけん当昔(そのかみ)を 思へば悲し松風の音 清水吉晃(甲斐叢記)















現地訪問した。

新府城跡の駐車場に停めたものの、城は真夏の繁茂した木々に覆われていて、急に本丸跡まで行く気が無くなってしまった。

この年になって虫が苦手になってきた。

城マニアではないので、あまり城跡に興味もなく、

信州甲州の旅、五日目で疲れもあった。







新府城跡







現地案内板より
「現在地」の場所が駐車場

















なんと新府城跡の地元の和菓子屋さんで「新府焼米」というお菓子が売られていた。
饅頭の外に焼き米が貼付けられているようだ。


「新府焼米」




これは「新府城もなか」




萩原製菓





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