すさまじきもの 〜歌枕探訪〜



東海道諸宿(静岡県)






十返舎一九の「東海道中膝栗毛」の主人公、弥次郎兵衛と北八は、東海道の宿場町でさまざまな狂歌を読んでいる。

宿場ごとに一つのページを作るほどでもないが、捨て置くこともできないので、「東海道諸宿」としてまとめてみた。
一部、「東海道名所記」からも採り上げ。









原宿(沼津市)

東海道五十三次の13番目の宿場

「東海道五十三次 原」(歌川広重) Wikipedia


広重の浮世絵では、富士山と、手前の愛鷹山、そして浮島原を描いている。富士山は高すぎて枠をはみ出ているのが愛嬌。



多分、この辺りだろうか。





原宿を詠んだ歌
まだ飯も食わず沼津を打ち過ぎて ひもじき原の宿につきたり 東海道中膝栗毛


前夜にごまの灰(旅の盗人)に財布を盗まれたので、朝からなにも食べずに原宿に着いた。
沼津を「飲まず」、原を「腹」に掛けている。















吉原宿(富士市)


第14番目の宿場町


現地にあった案内板を接写







現在の姿


なんとなく、宿場町っぽい雰囲気が残っている




「東海道五十三次 吉原」(歌川広重) Wikipedia

広重の浮世絵は「左富士」
江戸時代に高潮の災害で吉原宿は内陸部に移転したため、街道は大きく湾曲することとなり、ここでは道の左側に富士山が見える。



現在の左富士



左富士神社というものまであった。






吉原を詠んだ歌


津の国のなにはわたりにあらねども あしがらといひよしはらといふ 東海道名所記


え〜と、
アシやヨシが生えていることで有名な摂津の浪速ではないが、足柄(アシ)や吉原(ヨシ)という地名があるとのこと。















由比宿(静岡市清水区)


「東海道五十三次 由比」(歌川広重) Wikipedia






現在の由比


JR由比駅



名物さくらエビにちなんだ由比桜えび通りがある



現地案内板



宿場町の跡



本陣跡は史跡として整備されている



こんなかんじ
東海道広重美術館もある



東海道由比宿交流館





由比宿を詠んだ歌


呼び立つる女の声はかみそりや さてこそここは由井の宿 東海道中膝栗毛

潮風に藻くづや乱れ髪ならん 波の白きハもとゆひの浜 東海道名所記


え〜と、
とにかく髪()いや元()いと掛けた歌が仕上がっている。















倉沢宿(静岡市清水区)


由比宿と興津宿の間にある、(あい)の宿



望嶽亭藤屋
維新の頃、官軍に追われた山岡鉄舟をかくまい、地下から逃がした



倉沢宿の町並み



これも






倉沢宿を詠んだ歌


ここもとに売るはさざゐの壷焼や 見どころ多き倉沢の宿 東海道中膝栗毛

 
え〜と、
ここの名物はサザエの壺焼き。
見どころと「(サザエの)身が多い」を掛けている。















鬼島の建場(藤沢市)



岡部宿と藤沢宿の間にある建場(休憩所)。



ここが鬼島の建場跡



史跡として整備されている



茶屋女「お茶まいるサア、お休みなさいマシ」と進められるまま、昼間ッからイッパイ昨日の鮪の肴、この酒半分水だペッペツ、ブツブツいいながら、鐙ヶ淵にさしかかる。


鐙ヶ渕の跡
ここで弥次郎兵衛が詠んだ歌


ここもとは鞍のあぶみが渕なれば 踏んまたがりて通られもせず 東海道中膝栗毛


え〜と、
ここを流れていた川がちょうど曲がるところで、(あぶみ)ヶ渕と呼ばれていた。(くら)(あぶみ)(ふち)というからには、またいで通れそうだが通れない、ということで、馬の鞍を掛けている。
まあ、乗馬をしない人はよく分からない内容。















日坂宿(掛川市)


日坂宿跡

宿場町の雰囲気が今なお残っている。











本陣跡






現地に浮世絵の案内板があった。




日坂宿で弥次郎兵衛が詠んだ歌


いち子ぞとおもふてしのび北八に口をよせたることぞくやしき 東海道中膝栗毛

この歌には日坂宿の地名が入ってないのだが、膝栗毛のエピソードが面白いので採り上げた。


え〜と、
簡単にまとめると、
@弥次郎兵衛と北八は占いを生業とする巫子(いちこ)家族と同宿する
A夜中に北八は巫子に夜這いを掛け、なんと巫子の婆さんと乳繰り合う
B遅れて弥次郎兵衛も夜這いにやってきて、間違えて北八と接吻する
C北八は逃げ、弥次郎兵衛は婆さんに捕まり朝まで添い寝させられる
と、こんな感じで、弥次郎兵衛は北八とチューしたことを悔しがった。





日坂宿を詠んだ歌


はなににつさかしき山の夏木立青葉をわけてかゝるしら雲 太田道灌(平安紀行)


巧みに「につさか」を歌の中に入れ込んでいる。















花茣蓙(はなござ)(袋井市)


掛川宿と袋井宿の間にあった建場(休憩所)


松並木が保存されていた



こんなのが現地にあった。駕籠を模している。







駕籠には絵図が描かれていた。
昔の茶屋の休憩の様子だろう。



花茣蓙公園が整備されていた


.

花茣蓙を詠んだ歌


旅人の見えかくれする並木道 瀬川のほとり花ござの里 東海道中膝栗毛















舞坂宿(浜松市)
新居宿(湖西市)


舞坂をのり出したる今切とまだゝくひまもあら井にぞつく 東海道中膝栗毛


え〜と、
舞坂宿から新居宿の間は浜名湖を舟で渡るのだが、舞坂から乗ったのは今のことと思っていると、(またた)く間もなく新居に着いたという内容。
今切とは、かつて地震の津波で砂州が切れて、浜名湖と海がつながった場所。
またたくひまも「あらず」と新居を掛けている。






舞坂宿


雁木跡、舟の発着場だった



舞坂宿



本陣跡



脇本陣跡






今切


浜名橋のところで砂州が切れた。海とつながったことで、もともと淡水湖だった浜名湖は汽水湖に変わった。



「すっぽん」が名物らしい
すっぽんは汽水湖でも生きていけるのかな






新居宿



新居関跡







新居宿を詠んだ歌


吹く風に波もあらゐの磯の松木陰凉しき旅の空哉 太田道灌(平安紀行)


波が「荒い」と掛けている















白須賀宿(湖西市)


東海道五十三次の32番目の宿場

もともと海岸沿いにあったが、江戸時代に地震と津波で被害を受けて、内陸部に移転









本陣跡



白須賀宿を詠んだ歌


出女の顔のくろきも名にめでゝ 七なんかくす白すかの宿 東海道中膝栗毛


え〜と、
白須賀宿では、顔の黒い女も、「色の白いは七難隠す」の通り、良い女に見えるという内容。




さらに

旅人のみののうは毛も白菅の港やいづく雨はふりきぬ 富士紀行


吹き送る風の便りもしらすげの 湊別れて出づる舟人 源俊定(新後撰和歌集)






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このページ、かなりの時間と労力がいりました






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