すさまじきもの 〜歌枕探訪〜


高遠(長野県伊那市)





戦国時代、織田信長の甲州征伐では、信長の嫡男の織田信忠が高遠城を取り囲み、武田軍の武将の仁科盛信が籠城し壮絶な戦いを繰り広げた。ついには高遠城の険峻な城壁を乗り越えて織田軍の勝利となった。
高遠城の落城により武田軍の敗色は濃くなり、武田勝頼は新府を捨てて終焉の地、天目山へ向かうこととなった。


そんな歴史のある高遠城は長野県伊那市の、中央構造線が通る、南アルプスと伊那山地に挟まれた山間の地にある。


高遠城は明治時代に建物が全て取り壊され、現在では高遠城跡公園となって全国に知られる桜の名所となっている。桜の種類は「タカトオコヒガンザクラ」という固有種で、小ぶりで赤みが強い花だという。長野県の天然記念物に指定。


今回訪問したのは8月中旬のことで、見事な葉桜となっていた。




手前の二ノ丸から本丸空堀をまたぐ桜雲橋(おううんきょう)と、向こうに見えるのが問屋門。




高遠城の本丸から西を望む。伊那谷が見えた。遠くに木曽山脈が見えた。




本丸跡の桜の様子




これも。
城跡には1500本の桜が植えられている。




「天下第一桜」碑。かなり大きかった。高遠城跡の桜のキャッチコピーは「天下第一桜」とのこと。




現地の案内板。桜一色である。




高遠城の南縁を流れる三峰川。城は右手の山の上。この川が天然の要害となっていた。




高遠ダムと高遠湖




え〜と、これは
高遠城主の保科正之公と生母お静の像。名君と賢母らしい。















明治以降、高遠には文学者の訪問が相次ぎ、彼らによる歌や句が残された。伊那市役所によりそれぞれの歌碑が整備されているそうだ。実に興味深いが、時間がないため、目についた歌碑のみ写真で撮影した。



花ぐもりいさゝか風のある日なり ひる野火もゆる高遠の山 太田水穂


高遠町歴史博物館前に歌碑




たかとほは山裾のまち古きまち ゆきあふ子等の美しき町 田山花袋



高遠の町のゆかしも逢はまほしと 思へる友の多くすめるに 窪田空穂



山峡はここに極まる兜山 三峰川をまへには立ちけむ 窪田空穂


三峰川の白山橋親柱に歌碑




遠ざかる高遠ばやし花吹雪 小宮豊隆



伊那は夕焼け高遠は小焼け 明日は日和か繭売ろか 北原白秋



たえまなく鳴くは鶯高遠のやど 屋の朝のねざめすがしも 相馬御風



伊那谷に来にける夜更け山の端の ひところ赤し月出づるらし 中村琢二


高遠町歴史博物館前に歌碑




この谷のわか葉をぬきてたけ高き 朴の木之花大きく咲けり 今井邦子



一本の花にひかれてきりわたる 山の岨道たどり来にけり 円地文子



さくらはな咲く日となればうぐひいすは 啼くもなかぬもかくろひにける 和歌山喜志子



高遠城趾のさくらが散れば 啼くよいろくのほとゝぎす 豊島晃





他にもいろいろとあるらしい。








周辺の峡谷と山岳地形を巧みに利用して築城された
高遠城は山本勘助による監修により築城された。






高遠そばを食べたいです。






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