すさまじきもの 〜歌枕探訪〜


寺田屋(京都市伏見区)






幕末の「寺田屋事件」は、二つの同名の事件があり、どちらも伏見の旅籠、寺田屋を舞台としている。


一つは、1862年の薩摩藩による藩内攘夷志士を静粛した事件。別名で寺田屋騒動とも呼ばれる。

もう一つは、1866年の伏見奉行による坂本龍馬襲撃事件。寺田屋遭難とも呼ばれる。


「愛国百人一首」という、戦前の愛国精神を詠んだ歌を集めた名歌カルタに、寺田屋騒動で非業の死に倒れた薩摩系の志士の辞世の歌が二首選ばれている。





朝廷辺(みかどべ)に死ぬべきいのちながらへて 帰る旅路の(いきどほ)ろしも 有馬新七(愛国百人一首)


有馬新七は、薩摩藩士。水戸藩などの多くの尊王攘夷派の志士と交流した。寺田屋で同じ薩摩藩の襲撃部隊に静粛される。







大君の御旗の下に死してこそ 人と生まれし甲斐はありけれ 田中河内介(愛l国百人一首)


但馬国出身の勤王の志士、田中河内介は寺田屋事件で薩摩藩に投降し、船で薩摩へ移送される途中、海上で惨殺された。


















■ 現地訪問



寺田屋 ・・・ 京都市伏見区南浜町263


寺田屋の跡



鳥羽伏見の戦いで焼失したが、明治時代に再建。
室内には刀の跡が残る柱や、弾痕もあるらしい。



近年旅籠として営業していたようだが、訪問したのはコロナ禍の緊急事態宣言中で、閉店していた。



「史蹟 寺田屋址」の石碑



寺田屋の前の船着き場の様子
坂本龍馬とお龍の像がある。



近くには「竜馬通り」という通りがあった。
コロナ禍で大半の店が閉店。













学生時代から行ってみたいと思っていました。
感激しました。






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