すさまじきもの 〜歌枕探訪〜


吉水神社(奈良県吉野町)








花の名所、吉野山は、尾根沿いに桜の見どころが続く。
下から、下千本、中千本、上千本。一番最後に奥千本。
桜が千本単位であるのかなと思っていたが、ガイドブックの本に「桜の木、三万本」と書かれていた。


吉水神社は中千本の辺りにある。
歴史上、数々の重要な場面に登場する。







源平争乱の際は、源頼朝に追われた源義経主従らが隠れ家として吉水神社に潜伏。だが次第に追尾が厳しくなり、義経主従は吉野を脱出するが、愛妾の静御前は捕えられた。
(義経記)








南北朝時代、吉水神社は南朝の後醍醐天皇の行宮とされていた。後醍醐天皇はこの地で病を得て、苦悶の中52年の生涯を終えられた。


花にねて よしや吉野吉水の 枕の下に石走る音 後醍醐天皇









戦国時代、
豊臣秀吉は大の花見好きで、中でも「醍醐の花見」(1598年)が有名であるが、実は醍醐の花見の前に「吉野の花見」(1594年)が開催された。
この吉水神社を本陣とし、総勢五千人を引き連れてきた。秀吉自らお茶屋の下人に扮し、他の武将たちを接待するという趣向。きら星のようなメンバーが勢揃いした。


年月を 心にかけし 吉野山 の盛りを 今日見つるかな 豊臣秀吉
君が代は 千年の春も 吉野山 にちぎりの 限りあらじな 徳川家康
千早振る 神の恵みに かなひてぞ 今日み吉野を見るかな 前田利家
君がため 吉野の山の まきの葉の 常磐にも 色やそはまし 伊達政宗
いつかはと 思ひ入りにし み吉野吉野を 今日こそは見れ 豊臣秀次




秀吉は蔵王堂の前で能を舞ったらしい。












吉水神社の社頭

すいません。
前の道を通りましたが、素通りしました。







 






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