すさまじきもの 〜歌枕★探訪〜 |
「夢山」や「夢見山」は、甲斐国の歌枕とされている。 根拠は、平安時代の歌学書の能因歌枕に「夢山」が甲斐国の歌枕として記載されていることによるが、結局、歌枕としては大成できていない。夢や夢見など、歌に詠み込むには使い勝手がよさそうな地名だと思うが、夢=Dream はちょっと直截すぎる表現なので、逆に敬遠されたのかも。 戦国時代には、敵の視察で夢見山に登った武田信虎(信玄の父)が頂上でうとうととまどろみ、その夢の中で信玄が生まれたのだが、夢から覚めてみると実際に信玄が生まれていたという逸話がある。 それ以来武田家の吉祥の山となったらしい。 山自体は大したことのない、そこらの岡に毛が生えた程度であるが、やはり夢見山というネーミングが良かったことと武田信玄の拠点から目と鼻の先ぐらいに位置することから、それなりの存在感のある山とされてきた。 ■これが夢見山 ![]() 手前は武田神社(信玄の居住地:躑躅ヶ崎館)の堀 ![]() これも ![]() 大手門東 史跡公園から ■ 夢見山を詠んだ歌 |
都人おほつかなしや夢山をみるかひありて行かへるらん | 夫木和歌抄 |
「行動の結果」や「期待できる」等の意味の”甲斐”と掛けている |
頼む其名とはしらすや旅まくら さそひてかへる夢の山風 | 細川幽斎(東国陣道記) |
さすが二条派歌学の継承者である細川幽斎は、夢見山のなんたるかをよく知っていたようだ。 |
百あまりみそしみとせの夢の山かひありていまとふもうれしき | 柳沢吉保 |
先祖が武田家の家臣であった柳沢吉保が、武田家の吉祥の山の夢山に133年の歳月を経て訪問ができたことを感激する内容 |
きのふまでめなれし雪は夢山のゆめとぞ霞む春のあけぼの | 中院通躬(甲斐八景) |